「八角で平和を!」医師の林健太郎さん①

 八角と聞いて、どんな植物かすぐに思い浮かべることができる人は多くないだろう。中華料理などによく使われる香辛料のひとつで、スターアニスとも呼ばれる。この八角を使って、ミャンマーの民族融和に役立てようとしているのが、医師の林健太郎さんだ。林さんが進める「八角平和プロジェクト」について話を聞いた。
 林さんはこれまで、国境なき医師団や日本財団のプロジェクトなどで、ミャンマーの辺境地での医療活動に従事し、少数民族地域を渡り歩いた。その経験を踏まえ、3年前から、モン州のモーラミャインで八角の苗木の栽培を始めた。ミャンマーの平和に尽くしたいという思いからだという。

 

「医師としてミャンマーやイラクで支援活動をしてきましたが、そのうち医療というものがまさしく対処療法だと思うようになったのです。傷口を消毒したり、縫ったりというのを繰り返すうちに、もっと根本的な問題解決が必要だと考えました。

私が活動するカレン州などでは、和平合意によって少数民族勢力の武装解除が行われましたが、まだ帰還できない難民が多数います。また、武器を捨てた兵士らの職場も必要ですそうした人の受け皿になるために、八角の農園を立ち上げました。現在辺境地域を中心に6カ所で栽培が始まっています」

 


林健太郎(はやしけんたろう)さん/国際NGO「ベアフット・ドクターズグループ」代表。医師としてカレン州などの活動が豊富で、少数民族問題にも詳しい。
しかしどうして八角なのか。そこには、林さんの医師ならではの視点があるという。

 

「実は、八角はインフルエンザの治療薬『タミフル』の原料になるのです。インフルエンザはウイルスがすぐに変化するため、パンデミックに備えて大量の備蓄が必要になります。2023年には、製薬大手の特許が切れて、後発薬(ジェネリック)の製造が可能になります。そこで、タミフルの原料であるシキミ酸が大量に必要になるのです」

 

「八角の木一本から2~3キロの乾燥した実が採れます。このままでも香辛料として売ることが可能ですが、価格は1キロ当たり1~2ドル。しかしそれを精製すると、50グラム程度のシキミ酸が抽出でき、これは濃度によって5~20ドルの値がつくと思われます。しかも、シキミ酸の抽出方法はエスプレッソを作るようなもので、それほど高度な技術はいりません。ある程度まではミャンマーでも十分可能です」

 

これは農村振興を重視するミャンマー政府が熱望する付加価値の高い農業といえるだろう。海外の製薬会社向けに輸出するので、外貨獲得にも役立つ。すでに日本の薬品メーカーからの協力も得ているという。これに加え、林さんは安全保障の観点も強調する。

 

「現在八角は、中国が世界の90%を生産していると言われており、タミフルの原料になる重要な物資であることを考えれば、政治的な意図に左右されないよう、産地を分散させたほうが安心です」

 

肝心の苗木の栽培はうまくいっているのか。この点についても、林さんは自信の色を見せる。

 

「先日、モーラミャインの苗木を育成している農場から、『花が咲いた』との連絡がありました。八角は実がなるまで8年かかると言われており、3年で花が咲くとはびっくりしました。農場に駆けつけましたが、確かに咲いていました。これで一応は生産のめどがついたと言えるでしょう。ここに来るまでは大変でした。マンダレーなどでは、暑すぎて気候が合わず、木が枯れてしまいました。試行錯誤を繰り返しています」

 

林さんは、これはボランティアではなくソーシャルビジネスだと強調する。

 

「継続的に事業を行うには、寄付で運営するのではなく、ビジネスとして成り立つことが必要だと思います。先日もクラウドファンディングを利用して、多数の方に支援をいただきました。将来的には、出資してくれた方にはお返しができる仕組みを作りたいと思います。今年はその仕組みづくりが課題ですね」(掲載日 2016年7月15日)