「農業技術普及のため、村に専門家を」 ミャンマー20年の農業専門家、田中利治さん

国民民主連盟(NLD)政権が重要視するミャンマーの農業振興。この大きなテーマに20年前から取り組んでいる日本人がいる。元マンダレー市開発委員会農業顧問の田中利治さんだ。農業の専門家としてミャンマーの米作りやコーヒー栽培について指導した。今後のミャンマーの農業何が必要なのかを聞いた。
――15年にわたりマンダレー市の農業顧問を務めたと聞いています。まずどうしてミャンマーで農業支援をすることになったのでしょうか。

 

私の専門は土壌微生物でして、90年代から中国やマレーシアなどで汚水処理などのアドバイスをしていました。そのうち、マレーシアで仕事をしていた1999年に、ミャンマー政府の高官からファックスが届いたのです。そこで訪れてみると「ミャンマー国民が飢えなくてもいいようにしてほしい」とのことで、この国の農業支援に関わることになり、それからずっとミャンマーにいることになりました。マンダレー市開発委員会の農業顧問と言う形でした。ただ、その頃の公務員は給与は米と油で受け取っており、それを換金して生活するという実態でした。私にも米と油を支給するということだったのですが、もらっても仕方がないので断りました。その代わり、軍の上層部に「ミャンマー全土の通行許可証」を書いてもらったのです。軍の施設であってもその紙があれば通れました。例えば、向こうの山のふもとまで行きたいときに、その手前が広大な軍の敷地があることなどがあるのですが、その紙を見せればすぐに通してもらえました。外国人が自由に旅行できない時代でしたので、周囲からはとても不思議がられました。


田中利治(たなか・としはる)さんミャンマー在住の農業専門家。1956年生まれ、大分県出身。高知大学農学部を卒業後、農産物の流通などに従事、1990年代から中国やマレーシアで農業支援を行う。1999年に初めてミャンマーを訪問、2016年までマンダレー市開発委員会農業顧問。
――どんな支援が求められていたのですか

 

当時の最大の課題は、米の生産量のアップでした。当時のミャンマーの農業の考え方は、我々とは大きく違っており、例えば「単位面積当たりの収穫量」という日本では基本的なデータがありませんでした。学者と議論をしても、「いろいろな阻害要因があるから簡単に比較できない」などと言ってデータを重視していませんでした。確かに、農業用水が確保など困難なことは多いのは事実で、ある手法を導入すると生産量がアップするという単純な話ではなく、現場現場の持つ課題を私の経験を生かして解決していくという現場に沿ったアプローチが必要でした。田植えの仕方から何から現場で一緒にやりました。非営利組織(NPO)の関係者の考えなどは理想論で、現場では役に立たないことが多かったですね。一方で単純なノウハウが効果を発揮することもあります。例えばミャンマーでは当時、野菜などを掘った穴に植えていたことが多かったのですが、私の指導でうねを作るようになると、収穫量が数倍に増えました。穴には水が溜まってしまう一方で、うねを作ると水はけがよくなって作物が育ちやすいのです。この方法はマンダレーではすでに一般的になっています。

また、当時は国家事業としてコーヒーの栽培を始めたころでその支援も行いました。周囲からは「ミャンマーでコーヒーなどできるはずがない」と言われましたが、ピンウーリンなどの現在コーヒーの名産地は、私が指導した地域もあるのです。今ではトップブランドのシュエバズンの社長は、2000年代初頭からオーガニックコーヒーの栽培を目指していて、有機栽培の方法を指導しました。

 

――現在はフリーの農業専門家として、プロジェクトベースでの仕事をしているとのことですね。ミャンマーの農業にはたくさんの課題があると思いますが、今後必要となることは何でしょうか。

 

私は昔の日本の農業改良普及員のような、専門家が村で農業を指導する制度を作るのが良いと思います。今は、農家がばらばらに作物を作っているのですが、それを地域で同じ作物を同じ方法で一定量を栽培することができれば、それだけで付加価値がつきます。また、農薬の使い方なども十分理解していない農民に対しても指導することができます。また、農民同士が栽培や出荷などについて情報交換を行うコミュニティを組織することも重要になってきますね。村にひとりずつ、タウンシップに10人ほどの専門家がいれば、目に見えて変わってくると思います。専門家を育てる部分は費用がかかるので、海外の政府開発援助(ODA)などを利用した仕組みを作ってはどうでしょうか。モデル地域で成功すれば、農家はどんどん真似しますね。

今後は未来志向の新しい形の農業が必要になると思います。現在、ミャンマーで森の中で栽培できる作物を育てるアグロフォレストリーの新しいモデルをミャンマーで開発できないかと考えています。これは従来は森を切り開く際に農地と森林を区切っていたのを、森を活かしたままでその下で育つコーヒーやカカオを育てる手法で、国連などでも提唱されているのです。カカオは中国の経済成長を受けて高い需要が見込まれていますし、一度植えれば長期にわたって収穫できます。こうした農業モデルをミャンマーで構築して、アジアに発信できればいいと思いますね。

 

【インタビューを終えて】

1999年からミャンマーで農業支援をしているだけあって、ミャンマー農業の抱える課題が次々と田中さんの口からついて出た。ミャンマーの農家の良いところも悪いところも知ったうえで指導してきた日本人の経験は貴重なものだ。田中さんの次の目標は森と農地との共存だ。経験を生かしてミャンマーモデルを開発してほしい

(掲載日:2019年9月20日号)