「ミャンマー伝統の音楽を後世に残したい」 伝統音楽1,000曲の録音を進める歌手のディラモアさん

ミャンマーは悠久の歴史の中で、豊かな文化をはぐくんできた。その一つが伝統音楽だ。竪琴のサウンは日本でも有名だし、複数の太鼓を組み合わせたサインワインを中心に多くの楽器が奏でる合奏もある。その伝統音楽が危機に瀕していると訴えるのが、有名歌手で、文化芸術大学音楽学部長のディラモアさんだ。日本人の録音技術者の力を借りて、伝統音楽を1,000曲録音するプロジェクトを進めている。なぜそうした取り組みが必要なのか、ディラモアさんに聞いた。
――ミャンマーの伝統音楽を記録するプロジェクトを進めていますね。初めてのCD「ギターヤダナー(宝の音楽)」も発売になりました。

 

はい。2013年に開始して、やっと800曲まで録音しました。2020年までには編集を含めて完成させたいと思っています。私がインドネシアのバリ島を訪れた際に、民族音楽のCDが売られていて、とても人気だったのです。そうしたものがミャンマーにはなかったので、驚きました。ミャンマーでは今、民族音楽の演奏家の活躍の場が減り、後継者不足となっています。たとえば、現在60歳ほどの伝統音楽家は、小さい時から30年ほど師匠の家に住み込むケースもありました。今ではそういうことは考えられないですし、演奏の場も限られています。

 

若者はこうした音楽について触れる機会がなく、知らないので当然人気も出ず、演奏の場がますます減るという悪循環となっています。ミャンマーの楽曲の一部は、紙で記録されておらず、奏者の記憶にのみ残っているものもあるのです。そうした音楽は、今のうちに記録しておかないと、奏者がいなくなってしまったら、永久に失われてしまうのです。ミャンマーが発展して生活が豊かになれば、国民は質の良い音楽を求めるようになるでしょう。その時こそ、伝統音楽の価値が見直されるはずです。しかし、その時にミャンマーの伝統音楽の奏者が残っていなければ、外国の音楽のみを楽しむようになってしまいます。そのような未来を避けるために今音楽を保存しておくことが必要なのです。


ディラモアさん 

芸術文化大学教授、音楽学部長。1974年カレン州コーカレー生まれ。芸術好きの兄の影響を受けて、芸術文化大学に一期生として入学して音楽を専攻。その後、日本の東京芸術大学に留学して、作曲を学ぶ。2005年の「エイン(家)」がブレイクして、歌手として有名となった。2013年にミャンマー・ネピドーで開催された東南アジア競技大会で音楽監督を務めた。

録音した楽曲はデータベース化して、海外の人にもわかりやすく手に入るようにしたいと考えています。世界中の人にミャンマー音楽を知ってもらう機会を作ることも目的の一つです。

 

――具体的にはどんな音楽を、どうやって録音しているのですか。

 

2013年に、少数民族の音楽を録音するためにミャンマーに来ていた録音技術者の井口さんと出会ったのです。井口寛さんに伝統音楽の保存のアイデアを話したところ、快く協力してくれたのです。それから、年に数回井口さんにヤンゴンに来てもらい、録音をしています。私の作った録音スタジオに、伝統音楽の奏者や歌手を呼んで、録音してもらいます。日本の技術者ですので、マイクの位置なども細かく調整して、いい音をとれるようにしてくれています。

 

――ミャンマーの伝統音楽は日本人には縁遠く、知識がない人も多いと思いますので、少し説明をお願いします。

 

そうですね。伝統音楽は大きく分けると、ビルマが完全に英国の植民地となった1886年を境に、それ以前を古典音楽のマハギター、それ以降をカラボと分類しています。マハギターは、基本的には宮廷音楽でマンダレー周辺で発展しました。王をたたえる歌や、愛の歌などがあります。竪琴の「サウン」や多数の太鼓を並べた「サインワイン」、笛の「ネー」などが使われます。一方、植民地化したのちに現れたカラボでは、ピアノやマンドリンなども取り入れられます。私たちが録音しているのは、マハギターとカラボに加え、演劇音楽、サインワインアンサンブル、フォークミュージック、ナッ神信仰など計7つのジャンルです。

 

――現在のミャンマー音楽界をどう捉えていますか。

 

音楽教育が必要だと思います。ミャンマーでは学校で音楽の授業がほとんどありません。また親も、子どもが音楽を好きになることは勉強の妨げになるといって嫌がる傾向にあります。その点、子どものころからピアノ教室などに通わせる日本とは違いますね。小さいころから、音楽に親しむのは大切なことと思います。芸術文化大学ではこれまで伝統音楽に力を入れていましたが、私が音楽学部長になってからは、いろんな音楽をバランスよく学ぶようにしています。伝統音楽は大事ですが、音楽家を育てるうえでは、多くのレベルの高いものを学ぶ必要があるからです。

 

私は自分のCDを出すときに、あまり人気を意識せず、自分が良いと思うものを入れるようにしています。確かに、昔流行した曲などは、よく知られているので売れるのですが、そういった音楽ばかりでは発展がありません。私はもっとよい音楽を多くの人にわかってもらいたいと思います。

 

【インタビューを終えて】

ミャンマーでは、2011年の民政移管などを経て表現の自由が拡大し、音楽家を含めたアーチストの活動の場が広がった。しかし、ディラモアさんは、その担い手がいないことに危機感をあらわにする。ミャンマーでは伝統音楽以外にも、危機に瀕している文化は多い。それでも、ディラモアさんの進める計画に加え、古い映画のフィルムを修復するなどのプロジェクトも立ち上がっている。ミャンマー人たちが自分の文化を保存しようという動きが出てきていることは、大きな希望といえるのではないだろうか。(掲載日2018年6月15日)