「カレーを通じてミャンマーの良さ知ってほしい」 レトルトの「チェッターヒン」開発した料理研究家の保芦宏亮さん

 

 ミャンマー人の主食は米で、最も食べられているおかずはカレーだ。しかし、それは日本人が考えるカレーライスとはかけ離れた別個の料理ともいえる。そんなミャンマーカレーの魅力に取りつかれ、レトルトカレーとして商品化してしまったのが、ミャンマー料理研究家の保芦宏亮さんだ。バックパッカー、僧侶、居酒屋経営など様々なキャリアを経た保芦さんが、どうしてミャンマーのカレーのレトルト化に行きついたのか、その思いを聞いた。

 

――日本ではミャンマーのカレーはほとんど知られていなかったと思います。どうして商品化を目指すようになったのでしょうか。

はい。話せば長いのですが、40歳くらいだった2012年、私はバックパッカーとして世界を旅していたのです。そしてミャンマーを訪れた時にものすごいエネルギーが渦巻いていたのです。補欠選挙の前で町中にアウンサンスーチーさんのポスターが張られていました。初めて来た外国人だと言って歓迎されることもしばしばでした。その後、選挙の行方が知りたいので、またミャンマーを訪れました。

 

その後いったん日本に帰ったのですが、「意地でもミャンマーに帰りたい」という思いがあり、食生活をミャンマー風にしていたのです。油の多いチャーハンを作るなどしているうちに、いつの間にかカレーしか食べないような生活になっていったのです。スパイスの魅力に取りつかれ、南インドやスリランカのカレーなどを毎日食べ歩き、研究しました。そのうち、カレー仲間や料理人と知り合いになっていったのです。


保芦宏亮(ほあし・ひろすけ)さん

 

ミャンマー料理研究家。1970年、東京都生まれ。米国留学後、京都造形芸術短大を卒業。バーテンダー、居酒屋経営、介護や寺院の副住職など様々な料理を経験し、2015年からミャンマーカレーのレトルト化に着手。開発した「チェッターヒン・極辛」は2018年5月に日本での販売を開始した。

その中で、ミャンマーカレーへの思いが募ってきました。日本にミャンマーカレーをやっている人にはいないことにも気づきました。それでミャンマーカレーを商品化しようと決意したのです。ただ、私は飲食店の経験があったので、カレー店を開くという形はあえて選ばず、商品を作ることにしたのです。

 

――開発から発売までは3年かかったと聞いていますが、想像できないような苦労があったことと思います。

 

2015年に実家の海鮮居酒屋で仕事をしているときに、レトルトカレーの開発に着手しました。はじめはマグロを使ったミャンマー風カレーを作ろうとしていて、マグロカレーがあるスリランカにも行きましたが、原料の値段が高かったり、身崩れしたりして、商品化をあきらめました。それより、王道のチキンで行こうということにしました。

 

そして、鶏カレーのチェッターヒンを、私なりの激辛の味付けにしたのがこのレトルトカレー「チェッターヒン・極辛」です。日本人にも受けいられる味を目指しました。レトルトはレトルトで、肉に味が染みこんだり、スパイスの味がまとまってきたりと熟成するいい部分もあるのです。骨付きの手羽元を2本使う贅沢なレトルトでして、普通のカレーよりも容量が多いのです。1食で税抜き600円ですが、原価率が非常に高い商品となってしまいました。居酒屋の店員にミャンマー人を積極採用し、その店員たちの休みの日に手伝ってもらうなどして開発を進めました。

 

その頃にはカレー仲間がたくさんいましたので、そうした人の中から販売してくれる人が現れたのです。生産する工場にも恵まれました。スパイスに詳しく、製造する機械をきちんと扱える工場で、そうでなければこの味はできなかったと思います。2018年5月に日本で発売し、全国の成城石井などで販売してもらっています。一時はテレビ番組でマツコ・デラックスさんに気に入っていただいて、インターネットのバズワードになり、生産が追いつかないこともありました。ミャンマーの歌手のニーニーキンゾーさんやアムーンさんにも高い評価をいただいています。私が世界一好きなミャンマー料理店「アウントゥカ」のオーナーにもおいしいと言っていただいて、とても光栄です。

 

――ミャンマーカレーを日本で商品化することは成功しましたが、これからはどういう展開を目指しているのでしょうか。

 

そうですね。新商品を開発済みですので、商品化を進めたいと思います。スーパーなどで販売するのは種類を限定し、ネット販売でチェッターヒンの辛さを抑えた中辛版や、豚のカレーのワッターヒンを販売することを目指しています。最近はラカイン州のリゾート地ガパリでラカイン料理の研究をしていました。いつか、ラカインカレーも商品化したいと思いっています。日本でのミャンマーでのイメージは、ロヒンギャ問題などで必ずしも良くないですが、こうしたカレーを通じてミャンマーのことを知ってもらい、好感度アップにつながればいいと思っています。また、ミャンマーではまだレトルトカレーがないので、ミャンマーの工場で作った商品をミャンマー人向けに販売することも目標のひとつですね。

 

【インタビューを終えて】

ヤンゴンでは、たまに自分の意志ひとつで道なき道を切り開いてきた人に出会う。保芦さんは、ミャンマー料理好きが高じて、毎日カレーを食して研究、仲間を作り、商品を開発して夢を実現した。それまでの道のりは決して楽なものではないし、そのために諦めたことも多かっただろう。そうして誕生したミャンマーの伝統カレーが、日本でもっと知られるようになることを期待したい。

(掲載日2019年1月11日)