ミャンマービジネス「仏教や文化を大切にして」 日本ミャンマー・カルチャーセンターのマヘーマーさん

在日ミャンマー人が多く集まる東京・高田馬場で、15年以上にわたり、活動を続けているNPO 法人日本ミャンマー・カルチャーセンター(JMCC)。所長のマヘーマーさんは日本人向けにミャンマー語を教えながら、在日ミャンマー人の暮らしを支援してきた。その長年の活動の現場から、日緬交流の変化をどう見ているのか、マヘーマーさんに聞いた。
――まず、マヘーマーさんが日本に来た経緯を教えてください。

 

はい。私はミャンマーのマンダレー管区メイティーラの出身で、そこの僧院学校で日本語を勉強していたのです。そのうち、日本人である現在の夫と出会いまして、ヤンゴンで大学に行った後、結婚して日本に来ました。貿易の仕事をしようと、中央大学の商学部に入りました。

 

しかしそのうち、知人の在日ミャンマー人のマンションを訪れた時、多くのミャンマー人が日本語がわからないまま不便な暮らしをしていることを知りました。そこで、例えば公共料金の請求書を読んで説明してあげるなどの生活支援をする活動を始めました。

 

その知人の自宅で、日本人にミャンマー語を教えるとともに、ミャンマー人向けに日本語を教える活動を始めたのが2002年ですね。2005年には法人化してNPOになりました。日本人へのミャンマー語レッスンや私の通訳費用で、活動費を捻出しました。


マヘーマーさん 

日本ミャンマー・カルチャーセンター(JMCC)所長。ミャンマー・メイティーラ出身。10代の時に出会った日本人男性とその後結婚して1996年に来日。中央大学を卒業後にJMCCを設立した。ビルマ語や日本語の講師のほか、タレントしても日本のテレビなどで活動する。

開始当初は、日本にオーバーステイのミャンマー人が多かった時代でした。石原慎太郎都知事(当時)になって取り締まりが強化され、アパートに固まって住んでいたミャンマー人が一気に拘束されるようなこともありました。頼まれて誰もいなくなったアパートの荷物をまとめたこともあります。入管に収容されたミャンマー人の面会にも行きます。オーバーステイの外国人でも中国人らはうまく逃げるのですが、ミャンマー人はすぐつかまってしまうのですね。また、ミャンマー人の子どもの教育の支援もしてきました。来日したばかりの子どもに日本語を教えたり、三者面談で保護者の通訳に立ったりしました。日本語ができないからと、親に頼まれて子どもの卒業式に代理で出席したこともありました。

 

テインセイン政権になってから、留学や技能実習生として来日する若いミャンマー人が増えました。IT企業がミャンマー人を採用するケースもあります。彼らは日本語はできるのですが、日本人とうまくやっていこうという気持ちが弱いところがあります。昔のミャンマー人は言葉がわからないだけに、日本人とトラブルを起こさないようにしていたのですが、最近の若い人はすぐにけんかをしてしまうのですね。

 

――タレントとしても活動していますね。

 

はい、「恋のから騒ぎ」や「笑っていいとも!」に出ていました。先日もファッションショーにモデルとして出演しました。ミャンマー向けのPRビデオのナレーションなども行っています。ミャンマー語が分からない日本人が、カチン系のミャンマー人にナレーションの翻訳を発注したのですが、ミャンマー語の訳がおかしかったので、私が直すというケースもありました。また、日本語をミャンマー語に訳すと長くなってしまうので、いざナレーションをすると時間があわなくて、その場で文章を考えることもしばしばです。

 

――マヘーマーさんにミャンマー語を習った日本人がいま、たくさんヤンゴンで活躍していますね。日本人ビジネスマンがミャンマーで仕事をするには、どういったことに気をつける必要がありますか。

 

そうですね。当初は、趣味でミャンマー語を習う人が多かったのですが、2011年の民政移管以降、商社の駐在員候補らの生徒が増えました。普段は生徒は20人くらいなのですが、2013年から2014年のミャンマーブームの時には40人ほどいました。いまもヤンゴンで駐在員として金融の仕事をしたり、ミャンマーの有名企業で働いていたりしている人もいて、うれしいですね。現在は、企業にミャンマー語教師を派遣する仕事もしています。

 

日本人ビジネスマンがミャンマーで仕事をする際に大事なのはミャンマーの文化を理解することです。特にミャンマー人の多くは仏教徒ですから、仏教を大切にしないといけません。例えば、ミャンマー人は7月から10月には新しいことを行いませんね。そういったことを理解することが大切です。また、仕事への意識も違います。日本人は雪が降っても這ってでも出社しますが、ミャンマー人は「雨が降ったから仕事に行かない」という人もいるのです。「簡単に約束をして、簡単に約束を破る」ところですとか、「前から決まっている約束よりも、最近できた用事を優先する」という部分は日本の仕事の進め方と違いますね。そういったことを理解して、時にはすっぱり諦めないと、お互いストレスばかりが溜まってしまうと思いますね。

 

【インタビューを終えて】

日本とミャンマーの交流が拡大する2011年のずっと前から、高田馬場で活動を続けてきたマヘーマーさん。そうした中で、支援を受けた人材がいまヤンゴンで活躍している。間違いなく日緬交流の井戸を掘った人の一人と言える。交流が深まるにつれ新たな課題も浮き彫りになっており、今後も地道な支援を期待したい。(掲載日2018年3月30日)