「ミャンマーコーヒーを世界に知ってもらいたい」 コーヒーブランド立ち上げた20歳の学生起業家、宮辻詩音さん

ミャンマーには輸出できる商品が少ないという声が強い。巨額の貿易赤字に苦しむミャンマー政府も、輸出産品の育成に力を入れる。そんな中で、ミャンマー産コーヒーのブランドを立ち上げたのが、「アイ・トレード・カンパニー」最高経営責任者(CEO)の宮辻詩音さんだ。近畿大学を休学中の若干20歳の青年が、なぜ遠いミャンマーでビジネスを始めたのか。思いを聞いた。
――ヤンゴンでも、新しいコーヒー豆のブランドをよく目にするようになりました。宮辻さんはどのような経緯でミャンマーでコーヒーのブランドを立ち上げることになったのですか?

 

もともとコーヒー好きで、大学に入ってから喫茶店で働きながら、コーヒーについて学びました。その傍ら、民間のビジネススクールに通っていたのですが、そこで起業家の人に出会ったことが、起業に興味を持ったきっかけでした。自分のアイデアで人に喜んでもらえて、お金ももらえるという、なんて素敵なことなんだと思いました。それで、アジアでインターンをしようと思い、インドかミャンマーかで迷った末に、ヤンゴンのIT関連企業で2017年初めからインターンを始めました。

 

その間、ミャンマーのコーヒー市場についてリサーチをしていたところ、品質とブランドを向上させれば売れるに違いないという結論に至りました。そこで、ミャンマー人の仲間と一緒に「アイ・トレード・カンパニー」を立ち上げたのです。そして、マンダレー地方のピンウーリンでコーヒー農園を所有している地元の会社と契約し、オーガニックコーヒーのブランドである「アイ・スター・コーヒー」の生産を始めました。ミャンマーでは苦めに焙煎されたコーヒー豆が多いのですが、私たちの製品は、日本など国際的な市場で好まれる、苦みを抑えて酸味を感じるような焙煎にしました。

 

――非常に挑戦的な事業だと思います。どういった販売戦略を取っているのですか?


宮辻詩音(みやつじ・しおん)さん 

 

1997年生まれ、大阪市出身。近畿大学経済学部在学中の2017年から休学、インターンとして渡緬。同年9月に「アイ・トレード・カンパニー」を設立してCEOに就任。

 ミャンマー国内向けと輸出用を考えています。ミャンマーでは、現在ホテルやお土産物屋に卸しています。ホテルやカフェの業務用のほか、外国人観光客ら向けの商品も販売しています。いずれも、ブランド名がわかる形で提供したいと思っています。最近も、ヤンゴンの韓国系の観光客向けお土産物屋に1,500パックを販売したところです。輸出用では、日本と韓国をメインターゲットとして考えています。品質の良いオーガニックコーヒーを海外の人に知ってもらうことで、ミャンマーのコーヒーをブランド化したいと思っています。いずれは、喫茶店のメニューに「ブラジル」や「コロンビア」などと書いてあるのと同じように、「ミャンマー」と書いてもらえるようにしたいと思います。価格帯でみると、ミャンマーでは「中の上」、海外では「中の中」くらいでしょうか。私たちはミャンマー政府からオーガニックの認定を得ており、海外ではオーガニックコーヒーの中では安いほうなので、競争力はあると思います。

 

――学生という立場で起業するのは大変ではないかと思います。開業資金はどうしたのですか?

 

今までに200万円ほど投入していますが、これはアルバイトのほか、株式投資で稼いだ自己資金で賄いました。しかし、実際にビジネスを始めてみると、思った以上に費用がかかっているので、私たちの事業に関心のある投資家から資金調達をすることも考えています。現在は従業員が3人ですが、業務の拡大に伴い、人員も拡大しないといけないので。

 

――大学2年で休学したということですが、今後はどうする予定ですか?

 

この会社がつぶれない限りは、ずっとミャンマーでビジネスをしていくつもりです。ゆくゆくは自社でコーヒー農園と加工工場を持ちたいと思っています。また、将来的には、コーヒー以外にも、紅茶なども取り扱いたいと思っています。

 

とりあえず、今年度1年間に加えて来年度も休学することに決めました。しかし、うちの大学は、休学するにもお金がかかるのです。ゼミの先生も「自分のやりたいことをやればいい」とは言ってくれていますが、それでも卒業まではあと少なくとも1年は日本で学校に行かなくては単位が取れません。長い間ヤンゴンを留守にしてもミャンマーのスタッフで仕事が回るようになっていればいいのですが、まだそういう段階ではなく、大学を卒業するべきか辞めるべきかを悩んでいます。大学で学ぶこと自体にはあまり意味を見出せないのですが、将来的にアメリカの経営管理学修士(MBA)が欲しいので、どうしようかと考えているところです。

 

【インタビューを終えて】

ヤンゴンでは最近頑張っている若い世代が目立つようになってきた。学生会議を主催ししたり、教育支援に打ち込んだりと、形は様々。そのひとりが宮辻さんだ。聞けば、宮辻さんが起業家を目指すきっかけになった先輩ビジネスマンも、過去に失敗を経験しているという。それでも宮辻さんは「うまくいかなくても、自分はどうにかできると思う」と話す。そういった失敗を恐れない若さが強みになっているのだと感じる。ミャンマーでのビジネスにはあまたの壁が待ち受けているだろうが、失敗を重ね、苦い経験を乗り越え、力強く進んでいってほしい。(掲載日2018年1月5日)