「来るたびにチャンスに出会った」 ミャンマーでブレイクしたシンガーソングライター、すわじゅんこさん

日本に埋もれていた才能が、ミャンマーで花開いたと表現するのがよいだろうか。日本のシンガーソングライターのすわじゅんこさんは、ミャンマーでよく知られた日本人のひとりだ。すでに複数のワンマンライブをこなし、ステージは全国放送で放映。ミャンマー関連の様々なイベントに引っ張りだこで、活動の場を広げている。どうして日本人歌手がブレイクするに至ったのかを聞いた。

 

――すわさんは、ワンマンライブがスカイネットで全国放送されるなど、ミャンマーではかなりの実績を残していますね。そこに至るまではどのような道のりだったのでしょうか。

小学校のころから合唱団で歌っていました。その時に刑務所や老人ホームを訪問したら、囚人の方がボロボロ涙を流したり、、おじいちゃんおばあちゃんが喜んでくれたりと、音楽の持つ力を感じていたのです。大学時代に芸能事務所のレッスンに参加してから、本格的に作詞作曲を始めました。鬼束ちひろさんの「月光」という歌が好きなのですが、そこに「こんなことにために生まれたんじゃない」という強烈な歌詞が出てくるのです。私は実は引っ込み思案だったのですが「ああ、こういう風に自分の内側の痛みを表現していいのだな」と感動したのを覚えています。自分の吐き出せないものを世の中に届けて、同じような思いの人を癒したいと思いました。大学3年のころから、路上ライブや、ライブに出演するなどの活動を始めました。

 

海外での活動にはもともと興味がありまして、中国のテレビに出たり、アメリカのオーディションに出たりしていました。知人の紹介で多くのミャンマー人の友人と知り合いました。東京・高田馬場のミャンマー料理店などで、ミャンマー語で宇多田ヒカルさんのファーストラブを歌っていました。そうすると、ミャンマー人の方がとても喜んでくれるのですね。その動画をたまたまフェイスブックに投稿したところ、なんと1日で25万回のほどの再生があったのです。すごい反応だったので、アウンサンスーチーさんの名前くらいしか知らない状態でしたが、とりあえずミャンマーに行ってみようと。その動画がきっかけで、3年前のミャンマーでの水かけ祭りに出場することになったのです。ちょうど民主化が進展するタイミングで、それまで外国人がステージに立つこと自体がなかったと聞いています。

 

――ミャンマーではとても苦労されたと聞いています。


すわじゅんこさん 

 

シンガーソングライター。小学校時代から合唱団に所属し、作詞などを開始。大学在学中から路上ライブなど本格的にライブ活動を展開する。2015年の水かけ祭りステージでミャンマーデビュー、その後ミャンマー関連の芸能活動を続けている。大田原市国際親善大使。

はい、初めて来たときには、いつどこで歌えるかもわからない状態でした。しかし、それでも歌手の知人の手引きにより、結果的に水かけ祭りの舞台でしっかり歌うことができました。日本からミャンマー人と連絡を取り合っても全然話が進まないのですが、ミャンマーに来ると「明日出られる?」「来週タウングーに来て」などと次から次へと声がかかるのです。滞在中だからというわけでもなく、帰国してからも渡航費も出すから来てくれ、というケースもあります。不思議なことに、ミャンマーに来るたびにチャンスに出会うのです。それが、いまどんどん発展している形ですね。

 

アーチストの方との出会いも多く、例えば芸術文化大学で教えている有名なディラモアさんと一緒に曲を作ることにもなりました。また、ミャンマーに通い始めて2年目で、女性歌手のニーニーキンゾーさんと共演することができ、そのころからステージが増えてきました。昨年には、ミャンマーでワンマンライブを開き、400人の前で21曲も歌わせていただきました。水かけ祭りのステージやワンマンライブのステージは、ミャンマーで全国放送されています。日本で路上ライブを繰り返してきた歌手としては、こうした皆さんが喜んでくれる場で歌うことができるのは、最高の喜びですよね。

 

――地元栃木県大田原市の国際親善大使にも就任しました。ミャンマーでの活動が、そのほかの仕事に相乗効果を発揮している形でしょうか。

 

そうですね。ミャンマーの楽曲に日本語の歌詞をつけて、日本の人に紹介するような活動もしています。クラウドファンディングで多くの方に支援を頂き、ミャンマー音楽を学んだほか、ミャンマーで寺子屋で音楽の楽しさを伝える活動も行っています。実は、日本とミャンマー以外の、台湾やシンガポールのミャンマー関係の方たちからもお誘いを頂くこともありました。

 

――今後はどんな活動を予定していますか。

 

これまではまったくフリーで活動していたのですが、芸能事務所に所属することにしました。いただいた仕事のたびにミャンマーに来ていたのですが、今年から「ハロー! ハロー! ワールド」という一貫した企画で、月に1回ほどミャンマーで活動したいと思います。1月にはこの企画の第1回ワンマンライブをネピドーで行いました。今後もヤンゴンはほかの地区でも行いたいと思います。また、いま新曲を作成しているところでして、今春をめどにニューシングルをリリースしますので、楽しみにしていてくださいね。

 

【インタビューを終えて】

すわさんは「ミャンマーではチャンスと出会う」と表現しているが、似たような実感を持っている在緬の日本人ビジネスマンは多いのではないかと思う。国が発展に向けて動き出し、あらゆる人材が求められ、また多くのことに挑戦しようとする人も多い。ミャンマーで出会った機会に着実に応えてきたことで、いまのすわさんの人気があるのではないかと感じる。おそらく、今後もミャンマーで活動を続けるすわさんはもっと大きなチャンスに出会うのだろう。今後の活動に注目したい。(掲載日2018年1月19日)