機動隊仕込みのプロ精神を教育 ヤンゴンで警備会社「Dezaki」を起こした出崎忠幸さん

ヤンゴンには、個性的な経歴を持つ日本人ビジネスマンに会うことが多いが、警備会社「Dezaki」を創業した出崎忠幸副社長もそのひとりだ。警視庁の機動隊で、長年剣道の指導をしていた出崎さんはその経験を生かして、ミャンマーのプロの警備員を育成している。日本の警備会社が進出するのではなく、ヤンゴンで起業したユニークな警備会社が、どのようなビジョンを持っているのか、出崎さんに聞いた。

 

――創業から1年ですでに、多数のスタッフを抱えていますね。どのような経緯で警備会社を起業したのですか。

 

私は警視庁の機動隊で20年以上、剣道を通じて人材育成をしてきました。その後警備会社でも仕事をしており、その経験があります。

はじめは、2012年に整体の仕事でヤンゴンに来たのです。その後、別の警備会社の立ち上げにも関わりました。2016年にその会社を退職し、現在のパートナーと組んでDezakiを立ち上げました。実はそのころ、ミャンマーの大手企業から声がかかり、警備員の教育の提案を受けたのです。そこで、警備業を行うほか、クライアントの警備員の教育も受託することにしました。現在では、130人のスタッフを抱えるまでになっています。

 

――急成長している理由は何でしょうか。

 

私自身が営業もしているのですが、例えばミャンマーの他の警備会社は、見積もりを依頼されると、ただ、値段を計算した見積書を出すだけなのです。私は、警備の現場に足を運んだり、写真をもらったりして、最適な警備計画を提案します。そのうえで、「ここは何人必要、こうすれば何人」という提案をして、価格を見積もります。これは経験のない営業マンにはできないことですので、大きな違いとなります。

 

トレーニングでは「考える」ことを重視しています。例えば、トレーニングする決まった動作にも意味があるので、丁寧に説明することでマニュアルだけではない、現場での応用が効く警備員を育てます。例えば、大きな声を出す発声練習にも力を入れていますが、これは夜間に不審者に出会ったときに大きな声を出すことで、不審者が逃げるケースが多いからです。しかしミャンマー人は、これまで「なぜ」という疑問を抱かせない教育をしてきたので、そこを変えてもらうのには時間がかかりますね。


出崎忠幸(でざき・ただゆき)さん
1963年、長崎県生まれ。1980年に警視庁に入庁。機動隊での勤務が長く、剣道の指導を担当した。20年以上の勤務の後、民間の警備会社に転職。2012年に渡緬、別の警備会社の創業にかかわったのち、日本人パートナーと2016年にDezakiを創業。日本料理店「武士道」のオーナーでもある。剣道で国体優勝した経験もある。ミャンマーをはじめ、アジア各国で剣道の指導に当たっている。
また、「警備はサービス業だ」ということを強調し、顧客に満足してもらえるような仕事ができるサービス提供を目指しています。公権力ではない警備会社は、通行人などにも命令することができずお願いするしかないので、そうした丁寧な態度をとるように指導しています。

 

2月に行われたジャパン・ミャンマープエドーの警備を担当したのですが、弊社のスタッフが入り口で丁寧にしっかりと持ち物検査をしている成長した姿を見て、感動しました。他の日系警備会社の幹部からも「よくここまで訓練しましたね」と言われたものです。

 

――ミャンマーの警備業界のビジネス環境をどう見ていますか。

 

質の高い警備が求められてきています。需要があると感じているのは、建物などの常駐警備、雑踏警備、現金などの輸送警備、VIP警備の4分野ですね。いずれも対応できるような体制を整えていきたいと思います。また、例えばガソリンスタンドの警備などでは車の誘導もしないといけませんので、そういった教育も行います。また、あいさつや規律についても徹底しています。

 

業界全体をみればミャンマーには、日本の警備業法にあたる警備業界の枠組みを定める法律がないことが課題です。業界の位置づけがしっかり法律で定められていません。警察と警備会社の役割分担をはっきりさせることが必要です。また、警備業協会のような業界団体もありませんので、組織化することも必要だと思っています。

 

【インタビューを終えて】

 出崎さんの経験と手腕が評価され、次々と依頼が舞い込む様子を聞いていると、日本で地道に積み上げたプロの経験が、今のミャンマーでは大きな役に立つのだということを再認識させられる。この「出崎学校」の中から、多くのプロの警備員がが誕生することを期待したい。(掲載日 2017年7月21日)