ミャンマー人が進んで企画、初のミャンマー向けゲームサイト ヤンゴンでCG作るミャンマー51スタジオの工藤毅CEO

 

かつての軍事政権下ではミャンマーに存在しなかった仕事が、対外開放が進んで新たに生まれてきている。そうした職業のひとつが、コンピュータグラフィックス(CG)を作成する技術者だ。このミャンマーの技術者とともに、ゲームやアニメ向けの立体(3D)のCGを制作しているのが、ミャンマー51スタジオだ。ミャンマーでグラフィックを制作するという新しい道を切り開いた同社の工藤毅最高経営責任者(CEO)にその狙いを聞いた。

 

――工藤さんはもともと中国で働いていたと聞いています。なぜヤンゴンでCG開発を始めたのですか。

 

はい、そうですね。小さいころから三国志などが大好きで、大学卒業後して少し仕事をしてから中国に留学しました。いったんまた日本で就職したのですが、そののち中国・天津のCG制作会社で仕事を始めました。ミャンマーに来たのは、いわゆるチャイナプラスワンというやつで、中国の人件費が高騰したため、人件費が安い国を探していたのです。ベトナムも視察したのですが、ミャンマーのほうがブルーオーシャンでしたのであえてこちらを選びました。

 

 

工藤毅(くどう・たけし)さん

 

1972年生まれ、大分県出身。中学時代からゲームなどのプログラミングを始める。中国留学を経て中国・天津のCG開発会社に就職。その後ヤンゴンでミャンマー51スタジオを起業する。現在同社最高経営責任者(CEO)。

2014年にミャンマーで事業を立ち上げるのですが、当時は同業はほとんどなく、また技術を学ぶ場もありませんでした。おそらく、技術者はミャンマー中に数十人ほどしかいなかったのではないでしょうか。シンガポールで経験があるミャンマー人スタッフなど4人をかき集めて開始しました。その後採用したスタッフの中には、ウィンドウズの立ち上げ方から教えないといけない人もいました。しばらくは育てた人材が定着しないことに困りました。ミャンマー人は自分でやろうとする志向が強いのですね。2017年くらいになり、チームワークを重視する男性スタッフがうまくチームをまとめてくれて、人材が安定するようになりました。彼は日本の戦隊ものが好きなので、そのせいもあるかもしれません。今では全部で約40人のスタッフを抱え、7割は女性ですね。

 

――日本などから発注を受けるオフショア開発という形態ですね。

 

はい、オフショアが多いのですが、それだけではなくミャンマー人向けの展開を始めています。昨年11月には、「ゲームアナワー」という名前の、ミャンマーで初のHTML5を利用したゲームサイトを立ち上げました。これはアプリをダウンロードしなくてもネットで遊べるのです。日本のミニゲームをミャンマー語にローカライズしたものです。広告収入がありますが、まだビジネスとしては成り立っていません。

 

実はこれはミャンマー人からのアイデアを形にしたものなのです。オフショア開発では、CGのパーツを作っているだけで完成品の全体像が分かりにくいのです。しかしゲームサイトを作ることで、ミャンマー人が一から完成させることができ、モチベーションが大変アップしました。それこそ自ら残業をして完成させたのです。彼らは枠を取っ払うと、とてもいいものを作ってくれるのですね。日本の会社の若い技術者に任せたとしても、ここまでの動きはできなかったと思いますね。ほかにも、ミャンマー語のゲームアプリを2本開発しました。日本の算数などの子供向けゲームをミャンマー人向けにカスタマイズしたものなどです。

 

――今後はどんな展開を考えていますか。

 

ミャンマー人向けのゲームやアニメを開発していきたいと思います。ゲームアナワーもリニューアルしてより充実させる方針です。もちろん今ミャンマーできるCGなどの開発と言うのは、日本に比べると非常に些細なものです。しかし、日本人の視点で作るものがすべてではないと思うのです。自分たちなりに、ミャンマー人に楽しんでもらえるものが作れればいいと思っています。スタッフも新しいものにチャレンジすることにやりがいを感じてもらっていますし、私も毎日何かの出来事がありますので、楽しく仕事ができていますね。

 

【インタビューを終えて】

ミャンマー初の事業を立ち上げるのはどんな分野でも大変だが、特にこうした進んだ技術を学んだスタッフが定着しないというのは、進出企業の大きな課題となっている。ミャンマー人が進んでチームビルディングをすることで解決したという実例は参考になりそうだ。それを下支えするのは、きっと仕事に愛着が持てる雰囲気づくりでもあるのだろう。今後もこのチームがどんなコンテンツを開発するのが注目したい。(掲載日2019年5月24日)