「ミャンマーに芸能プロダクションを」 芸能人育てるメイクセンス・エンターテインメントの新町智哉さん

軍事政権の厳しい情報統制の中で、ミャンマーのメディア関係者は長い冬の時代を過ごしてきた。歌手や俳優、映画監督などのアーティストも例外ではない。そのため、芸能活動はビジネスとして成熟しておらず、芸能人の収入も多くない。その一方、検閲など緩んできたため、映画監督や芸能人を目指す若者も増えてきた。そんな中で、ミャンマーで若手の芸能人を育てようとしているのが、メイクセンス・エンターテインメントの新町智哉ゼネラルマネジャーだ。ミャンマー芸能ビジネスの現状について尋ねた。

 

――新町さんは、ミャンマーで芸能ビジネスを手掛けている数少ない日本人のうちのひとりですね。あまり知られてない分野だと思いますので、業界の現状を教えてください。

 

そうですね。ミャンマーでは、芸能ビジネスが未成熟で、例えば芸能人を育ててマネジメントするという芸能プロダクションの仕組みが機能していません。多くの芸能人は、家族がマネジメントをしています。また、芸能人が所属するプロダクションではなくて、ブローカーのような業者が、俳優らを手配することもあります。これは、歴史的に企業の活動が制限されてきたことにも原因があると思います。この結果、それぞれのイベントが単発で終わってしまうことが多く、多くのメディアで展開するような大掛かりなビジネスが成り立ちづらくなっています。

 

また、芸能プロダクションがしっかりしていないため、優秀な新人を発掘できず、一部の有名俳優ばかりが起用されるということが続いています。トップ俳優でも、映画一本に出演して1,000万チャット(=約80万円)程度と、芸能人の報酬が少ないことも課題です。芸能人が安く使われているので、しっかりとしたイベントを仕掛けようという企業側のモチベーションが弱いところがあります。


新町智哉(しんまち・ともや)さん1978年生まれ、兵庫県明石市出身。高校卒業後、大阪の音楽の専門学校に通い、歌手を目指して上京。その後、俳優や歌手として活動したのち、飲食店やイベントの運営、不動産関連など様々な職業を経験する。2014年から本格的にヤンゴンに拠点を移す。前身の会社を引き継ぐ形でメイクセンス・エンターテインメントを設立、現在は同社ゼネラルマネジャー。
 ――メイクセンスでは、実際にどんなビジネス展開をしているのですか。

 

もともと私は日本で一時期、歌手や俳優として活動していました。当初、私は別のビジネスでミャンマーを訪れたのですが、そこで芸能プロダクションがないことを知り、そのビジネスに乗り出しました。新人を育てるため、ミャンマーの映画協会と組んで、俳優養成学校を立ち上げました。今は俳優のほか、ダンス、モデル、メイクアップのクラスがあり、今年に入って学校部門を黒字化することができました。そのほか、PR動画など映像制作が主な収入源です。また、芸能人の紹介なども行っています。初めのころは、自分自身も会社の広告塔として、俳優としてミャンマーの映画やCMに出ていたのですが、時間ばかり取られて効果が薄いので、最近はやっていません。

 

活動では「ミャンマー初」ということを重視しています。このほど、「一杯のモヒンガー」というコメディ映画をメイクセンスが制作、私がプロデュースする形で手がけました。これは、9月上旬のワッタン映画祭にノミネートされたのですが、会場では多くのミャンマー人に笑ってもらい、とても感動しました。この作品も、日本人がかかわってミャンマーの伝統料理をテーマにした映画を作ったことは、料理映画が珍しいミャンマーではとても斬新に受け止められたようです。

 

――今後の展開を教えてください。

 

まず、一杯のモヒンガーで主演したネイウーライン君がうちの専属の俳優になりましたので、売り出していきたいと思います。また、この映画の上映会を開催したり、DVDを売ったりすることで、知名度を上げていきたいと思います。急いで制作費を回収するのではなく、DVDを1万チャット(=約800円)、日本円では1,000円、もしくは10米ドル(=約1,100円)で販売することで、多くの人に見てもらいたいと思います。私たちを応援しようと、わざわざ割高の10ドルで買っていただける方もいて、ありがたい話です。ゆくゆくは、メディアを作りたいと思っています。はじめはネットで先行して、コンテンツを発信していきたいと考えています。エンターテインメントやニュースなど、面白いものを作っていきたいと思っています。社員には、「面白いものを作れば、人はお金出してくれるよね」といつも話しています。

 

【インタビューを終えて】

新町さんと筆者は、一杯のモヒンガーでプロデューサーと監督という立場で一緒に仕事をした間柄だ。しかし、これまで彼のビジネスについてきちんと聞いたことはなかった。彼がかつて自分が目指した芸能界という夢を、この国で人材育成という形で実現しつつあることは、「ミャンマードリーム」のひとつと言ってもいいだろう。今のヤンゴンでは、大企業の駐在員だけでなく、様々な分野でチャンスを求める人がこうして挑戦を続けている。(掲載日 2017年9月15日)