「社員辞めさせない仕組みが大事」 税金だけでないコンサルティングを行う税理士の若松裕子さん

 

法制度の不備や、法律の恣意的な運用が指摘されるミャンマー。その一方で、8月1日には新会社法が施行されるなど、変化も速い。そこで頼りになるのが現地に根差したコンサルタントや士業のプロたちだ。その中でも、女性中心のミャンマー人経理パーソンを率いて活躍しているのが、ジャパンアウトソーシングサービスの若松裕子税理士だ。税務だけでなく幅広い分野で助言する若松さんに、目まぐるしく変わるビジネス環境で生き抜く秘訣を聞いた。

 

―若松さんは、料理ライターをしていたこともあるというユニークな経歴ですね。どうしてミャンマーに来たのかまず教えてください。

 

はい、大学時代の洋服店のアルバイトで、経営について教えられ、経営や経営者に興味を持ったのです。新卒で花屋に、料理のライターも経験しました。そのうち、数多くの会社の経営を知りたいと思い、税理士になろうと考え、税理士事務所で働きつつ勉強しました。仕事の傍ら通っていた社会人大学院を卒業した2014年に、勤め先から「半年ヤンゴンに行ってくれ」と言われてやってきたのが、ミャンマーとの出会いです。どこにあるのかも知らない状態でした。

その頃はほかに競合が少なく、手探り状態でした。それでも1年目に9社の契約をいただきました。もともと半年の予定できましたが、顧客には責任があるので、帰れなくなってしまいました。うちの事務所は、なんでも相談に乗る会社でしたので、ヤンゴンでも様々な相談に乗りました。とにかくビジネス拡大をサポートするのが仕事だと思っています。「熱が出たんだけど、冷却シートを売っているところを知らないか」という相談を受け、探したこともありました。当初は情報が少なく、よく顧客から「どうしてこうなるんですか」などと苦情を受けたものですが、最近は「こういう国なのでそのリスクを踏まえて対処しないと」という話ができるような企業が増えています。

 

――変化の激しいヤンゴンですが、最近の動向はどうでしょう。


若松裕子(わかまつ・ゆうこ)さん税理士。ジャパンアウトソーシングサービス(原&アカウンティング・パートナーズ)ヤンゴン事務所長。明治大学を卒業後、料理ライターなど多くのキャリアを経て、税理士に。社会人大学院で国際課税を学んだ経験もある。
そうですね。進出企業をみると、視察や実現可能性の検討が終わり、本格的に生産を始めたり、ジョイントベンチャーを組んだりする企業が増えましたね。その一方で、やっぱり無理だったといって撤退するケースもあります。BtoCは厳しいようです。「人口が多くて富裕層もいる。いいものだから売れるはず」というのでは、うまくいかないケースが多いですね。

 

法整備では、新投資法や今年8月1日施行の新会社法は、大きな変化です。しかし、それでも、外資でもできるはずの業種が、省庁に行くと高いハードルがあるケースもあり、依然としてグレーさが残ります。その事業が実際に可能かどうかは、当局に問い合わせる必要が出てきますが、重要なのは相談する当局の人物を間違えないことですね。その分野に詳しい専門家と連携して、実際に権限のある人を突き止め、話をするのがよいでしょう。

 

税務署の機構改革も進みました。昔は「法令に書いてある」と税務署の担当者に訴えても、「知らない」と言われ、認められないことも多かったのです。最近は担当者一人が50社くらいをみるなど体制がしっかりして、知識もつけてきていますね。ただ、いまだに担当者によって対応が違うことも多いのです。担当者はABC順で割り振られており、変えることはできません。企業としては、きちんと証拠を示せるようにして、論理的に冷静に粘り強く話すしかないですね。徴税強化の動きもあり、印紙税などは罰金も厳しくなっています。また、領収証を出した会社などに裏付けをとる反面調査も行うようになってきています。

 

――事務所には女性のスタッフが多く、華やかな雰囲気ですね。社員のモチベーションはどのようにして維持しているのでしょう。

 

日本の税理士は男性が多いのですが、ミャンマーでは逆に女の世界ですね。女性が95%だと思います。現在事務所には日本人2人を入れて全部で20人います。開業当初は離職率が高く、5人中3人が同時に辞めた時には死ぬかと思いました。困ったので、うまくいっている人に聞いて回りました。工夫を重ねた結果、昨年1月から一人もやめていません。これはとても重要なことで、教えてもすぐに人が辞めてしまうので次の段階に進めない会社がミャンマーでは多いのです。離職率を下げるには、社内に若手の目標となるロールモデルを作ることや、個人の目標を作ることが重要ですね。また、顧客には「社員旅行や誕生日会はやってください」とアドバイスしています。うちでは、バンコクへの社員旅行、昇給、ボーナスなどを組み込んで、辞めたいと思わせない年間スケジュールを組んでいます。ずっと「ちょっと待てばいいことがある」と思えるようにしています。また、きちんと本人のやりたいことを聞くことも大事です。

 

社員が定着してきたので、今後は経理人材の育成に力を入れたいと思います。ミャンマーの経理人材はよく「複式簿記ができない」と批判を受けていますが、実は複式簿記を教える学校はたくさんあるのです。しかし、会社の実務がエクセルと単式簿記で行われているため、就職後に複式簿記の実務を覚える機会がないのです。うちの事務所では、国際会計基準(IFRS)レベルを目指します。こうした人材育成のノウハウを、東南アジア諸国連合(ASEAN)に広げることができるのではないかと考えています。

 

【インタビューを終えて】

テインセイン政権下のミャンマーブームに乗って進出したのが若松さんらの世代だ。暗中模索で仕事を始めたその世代はすでに、ミャンマーでの経験を蓄えてたスペシャリストが多い。こうしたプロがヤンゴンにいること自体が、日本企業にとってのビジネスインフラの一つだ。まだまだ課題は多いにしても、ミャンマーの投資環境が改善してきている一例だと言えるだろう。(掲載日2018年8月3日)