「ネットもない、データセンターもない、人もいない」のゼロからスタート 証券取引所システム作った大和総研の黒澤祐介さん

 

ティラワ経済特区(SEZ)、少数民族和平と並んで、日本のミャンマー支援の代表とされるヤンゴン証券取引所の立ち上げ支援プロジェクト。大和証券グループや財務省、金融庁など官民が協力する事業だが、その証券取引所の取引に欠かせないITシステムを構築したのが、大和総研からヤンゴン証券取引所のアドバイザーとして赴任しているエンジニアの黒澤祐介さんだ。黒子として目立たぬシステム技術者の黒澤さんに、証券取引所立ち上げにどんな苦労があったのかを聞いた。

 

――ヤンゴン証券取引所は、ミャンマー経済銀行と、大和証券グループの大和総研、日本取引所グループなどが出資する合弁企業が運営していますね。その取引システムを構築したということですが、どんな苦労があったのでしょうか。

はい、まず私がヤンゴンに赴任した2014年当時、ミャンマーにはデータセンターというものが存在しませんでした。データセンターがあるというと見せてもらうと、職員が伝票をパソコンに打ち込んでいる「データ入力センター」でした。経済制裁の影響もあったのだと思いますが、組み立て式のタワーパソコンをサーバーとして使っているようなありさまでした。しかし、証取のシステムを動かすにはデータセンターが必要になります。それを作ろうとしても、電気が不安定なことから多くのバッテリーが必要になり、その重さに耐えられる建物がなかったのです。そこで、「コンテナ型データセンター」を使うことにしました。もともと軍事技術なのですが、コンテナの中にサーバーや必要な機器を詰めて運ぶのです。
黒澤祐介(くろさわ・ゆうすけ)さん ヤンゴン証券取引所アドバイザー。2005年に大和総研入社、システム開発のエンジニアとしてキャリアを積む。北京駐在を経て、2014年に渡緬。証取のシステム構築や人材育成を担当する。
そのコンテナを輸入するにも、関税業者から税関の人にもそれが何なのか理解してもらえず大変でした。また、非常に重く、普通のコンテナよりも大きいので、それを吊り上げることができるクレーンがミャンマーに数台しかなく、またそれを運ぶトラックもミャンマーに2台しかないということでした。そのうえ、ショックを与えないように運ぶので、時速3キロくらいしか出せません。夜中の2時スタートでティラワ港から運び入れました。

 

――なるほど、ITシステム以前にそんな問題があったのですね。この調子ですと、ほかにも大変なことがありそうです。

 

インターネットがないと取引できませんが、その回線を引くのも大変でした。当時はまだミャンマー郵電(MPT)しか選択肢がなかったのですが、まだKDDIと提携しておらず、なかなか仕事が進まなかったのです。当時はトラフィックがいっぱいで、新規に回線が増やせない状況だったようですね。何度事務所で交渉しても、「書類はネピドーにある」とか、「いつになるかわからない」とか言われるんですね。偉い人のレターとかいろいろ持って行って交渉し、結局7~8カ月くらいかかりました。

 

そのほか、そのシステムが使えるようになるようにスタッフをトレーニングするのも大きな仕事でした。今までにない業務ですから、当然わかる人もいません。入念にリハーサルを行うのですが、ミャンマー人からすると「もう終わったよ。なんでそんなに何回もやるのか」という感じだったのですが、「ミスがなくなるまでやるんだ」ということを納得させながら繰り返しました。2016年の3月にファースト・ミャンマー・インベストメント(FMI)が第一号として上場し、取引が始まるのですが、その前3日ほどはほとんど寝ていませんでしたね。コンピューターとにらめっこで、みんなで「ああこの処理は正常だ、これも済んだ」といちいち胸をなでおろしました。

 

――取引が開始してからも、いろんなことが起きたのではないですか。

 

証券会社とつなぐネットワークが、交通事故で電柱が倒れたらしく、全部落ちたこともありました。実はこういうときのために、証券取引所には手で取引を入力できる端末があります。緊急時には、証券会社のスタッフが、注文を受けたデータを取引所に持ってきて、それを端末に入力するのです。こうした手で入力するというコンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)を持っていたことがとても役に立ちました。証券会社側のネットワークの問題などで、回線がつながらないこともあるので、どうにもならない時はこの方法を使います。このようないろんな方法で、決済が滞らないようにしています。

 

このほか、インターネットを使って証券取引の魅力について発信するなど、プロモーション活動も行っています。フェイスブックのほうが圧倒的に閲覧数が多いのですが、内容が詳しく書き込めないので、ウェブサイトも充実させていかなくてはいけませんね。これから外国人取引が可能になったり、マッチングの回数を増やしたりと、取引方法も複雑になっていきます。ミャンマー人が自分たちでしっかり仕事ができるようになるために、これからも一緒に汗を流したいと思います。

 

【インタビューを終えて】

ミャンマーに今までになかったものを作るためには、やはり裏で苦労している多数の人がいると改めて感じた。ここでは紹介できなかった苦労話も多く、本当に頭が下がる思いだ。日本の支援で取引所は稼働しているものの、黒澤さんのいうようにいずれはミャンマー人が自分たちで動かさなくてはならない。今後の人材育成においても、いろんなドラマがありそうだ。(掲載日2018年5月18日)