ミャンマー政府の中から、日本の投資を支援する DICAジャパンデスクの田原隆秀さん

ラストフロンティアと言われて久しいミャンマーには、多くの日本企業が進出し、または進出を見込んでヤンゴンに殺到した。その勢いに戸惑うミャンマー当局と、現地の事情を知らない日本企業との橋渡し役を務めてきたのが、ミャンマーの政府機関、投資企業管理局(DICA)のジャパンデスクでアドバイザーを務める田原隆秀さんだ。ミャンマー政府の一員として、日本企業にコンサルティングを行う特殊な立ち位置だ。その田原さんに、着任以来のミャンマーの投資環境の変化について聞いた。
――田原さんは、ミャンマーの政府機関に属しながら、日本企業へのアドバイスを行うという変わった立場で仕事をしていますね。DICAは法人の登記を行うとともに、ミャンマー投資委員会(MIC)の事務局でもあるという重要な役所です。具体的にジャパンデスクでは何をしているのでしょうか。

 

はい。もともとは、あずさ監査法人の社員として、ミャンマーに駐在していました。そうしたところ、2014年にDICAの日本企業向けの相談窓口であるジャパンデスクができるという話を聞き、ぜひその仕事がしたいと思って、手を挙げたのです。

 

主な業務内容は、日本企業向けの進出サポートですね。投

資スキームや、手続きなどについてアドバイスしています

。ヤンゴンの民間の進出コンサルタントと違う点は、政府

機関の中にいるため、実際にどのような議論を経て投資が

審査されているかがわかる点です。例えば、私はMICが投

資を審査する際の実務レベルの会合であるPAT会議にオブザーバーとして出席しています。そのため、どんなケースで審査が通らないのかなどがよくわかります。

 

一方で、私は実際の審査の流れには加わっていません。また、書類の作成サポートなどはしておりませんので、そこは民間のコンサルタントに任せたいと思います。ただ、申請した手続きがいまどうなっているかなどを調べることはできます。


田原隆秀(たはら・たかひで)さん

公認会計士。2014年から投資企業管理局(DICA)ジャパンデスク・アドバイザー。あずさ監査法人からJETROに出向して、DICAに派遣されている。タイ駐在経験があり、アジア投資に詳しい。

2014年にDICAがネピドーからヤンゴンに移転した直後はよくあったのですが、引っ越しの際に、企業の書類などがどこに行ったかわからなくなってしまうケースがありました。企業が手続きをしようとすると、役所に元書類がないので進まないのです。それでも担当者としては「なくしました」という訳にもいかず、そのまま放置されるということがありました。企業にすると、なぜか何か月も待たされている状況です。そうした企業から私が問い合わせを受けて調べてみるとそうした状況がわかるので、そこでその企業に「いや実は…。会社に書類のコピーはありませんかね」と頼んで、やっと手続きが再開するということもありました。

 

――それは大変ですね。田原さんがアドバイザーに就任してから、DICAは変わりましたか。

 

そうですね。現在は意識もだいぶ変わって、先程の話のようなミスはほとんどなくなりました。また、DICAの人員が増えたことや手続きに慣れてきたこともあり、以前は本当に遅くまで残業をしていた職員が定時で帰るようになりました。また、2016年に新投資法が施行されたことで、小規模な製造業などがMICの審査が必要なくなりました。半年かかっていたこともあるDICAでの法人登記も、現在は3日ほどです。手続きは大幅にスムーズになっていると言っていいと思います。ホームページでの情報提供も積極的に行うようになりました。

 

改善点や要望については、もちろん私たちも幹部に会った際などに伝えているのですが、ミャンマー政府と日本政府が協議する「日緬共同イニシアチブ」の成果が大きいですね。そもそも、DICAには、中国や韓国のデスクはなく、このジャパンデスクだけがあるというのもその表れと言っていいでしょう。

 

――ミャンマーへの投資の状況をどう見ていますか。

 

投資は順調に増えています。一方で、日本の投資をみると、今年度にMICの投資認可を得ているのは1件のみで、日本の製造業の進出が少ないように見えます。ただ、これは統計上ティラワ経済特区(SEZ)への投資や、シンガポールなど第三国を経由した数は含まれませんから、実際はもっと多いのですが。

 

日本の製造業が、ティラワ以外に進出しないのは、事実上そこしか選択肢がないからです。ハイスペックなインフラが整備されているものの土地代もそこそこのティラワを除くと、地元の業者が区画を売っているだけの工業地域くらいしかほとんど場所がないのです。ティラワほどのインフラではなくても、手ごろな価格で進出できる土地があれば、日本の小規模な製造業はミャンマーに製造拠点を作るのではないでしょうか。例えば、ミンがラドン工業団地はいまは満杯ですが、拡張余地があります。そうした選択肢が広がってくると、日本からの投資も増えるのではないでしょうか。

 

【インタビューを終えて】

世界的に比較してみると、ミャンマーでは日本企業がおおむね有利に戦いを進めていると言えるだろう。米国の経済制裁や、親日的な国柄など様々な理由はあるだろうか、その理由のひとつは、他国にはないジャパンデスクの存在でもあることも確かだ。かつては、提出が必要な書類すら明らかにしなかったというミャンマーの役所仕事と、腰を据えて付き合ってきた田原さんのような人がいてこそ、徐々にミャンマーも変わってきているのだろう。(掲載日 2017年9月1日)