ナガの巨大楽器作りを記録 消えゆく伝統音楽を記録する録音技師の井口寛さん

 

ミャンマーでは、ビルマ族をはじめ、多数の民族が多様な音楽の伝統を持っている。そうした音楽の魅力に取りつかれ、ミャンマー北西部に住むナガ族の巨大な太鼓を作り、その様子を記録したのが、日本の録音技師の井口寛さんだ。井口さんはミャンマーの伝統音楽の録音にも携わっている。どうしてミャンマー音楽を記録しているのか、思いを聞いた。
 

――ナガ族の巨大な太鼓を制作するドキュメンタリーを拝見しましたが、20メートル以上の丸太をジャングルから切り出してきて100人もの人力で運ぶというとてつもないプロジェクトですね。どうしてこの太鼓づくりを記録しようと考えたのですか。

 

そうですね。まず、ナガ族の音楽をリサーチする目的でナガ族の村を訪れたのですね。そうすると、現地の人から、村で伝統的な太鼓を作りたいと声をかけられたのですね。非常に興味をひかれたので、資金は出すので制作してくれないかと頼みました。その様子をドキュメンタリーにしたのです。太鼓は丸太をくりぬいて音が反響するように作ります。何十人もの人が同時にたたくのですね。現地の言葉では「キャム」と呼ばれ、信仰の対象にもなっています。完成すると、焚火を囲んで村人が踊って祝います。

 

太鼓制作のほかにも太鼓を収める小屋やら、伝統的な綱を使ってくるくる回るアクロバティックな遊具「ガイキュー」などいろいろなものを作って、その模様を記録しました。

 


井口寛(いぐち・ひろし)さん1977年東京生まれ。高校卒業後、アルバイト先の関係で音楽の録音の技術を学んで録音技師となった。2013年以降、日本とミャンマーの2拠点で活動、伝統音楽1,000曲を録音する活動に従事する。2016年に国際交流基金のフェローとしてナガの村を訪れる。自身のプロデュースする音楽レーベルも立ち上げた。
今年に入って、クラウドファンディングに協力してもらった日本人4人とともにナガの村を訪れて、またジャングルから丸太を切り出して太鼓を作りました。なんでも、前回太鼓を作ったことで豊作になったから、隣の町内にも欲しいと頼まれまして。一か月作業に従事した日本の若い男性と女性もいました。電気も携帯電話も使えない場所ですから、人生が変わるような体験をしてくれたのだと思います。

 

――ナガ族以外にも、ミャンマーの音楽の記録をしていますね。日本でも有名な竪琴のほか、多数の打楽器を円形に配置するサインワイン、チャルメラのような笛など多様な楽器の音を録音しています。文化の違いもあり、苦労もあったのではないでしょうか。

 

2013年にシャン州の音楽を調べようと初めてミャンマーを訪問したのです。その時、芸術文化大学を訪ねたのですが、詳しい人が不在だったのです。ただ、名刺を置いていったので、すぐに流暢な日本語を話すミャンマー人男性から電話がありました。それが有名な歌手で当時同大の教授だったディラモアさん(注)だったのです。ディラモアさんと意気投合しまして、彼がミャンマーの伝統音楽のがこのままではなくなってしまうというので、喜んで録音に協力することにしました。

 

それから、彼のスタジオに伝統音楽の奏者を呼んで、ひたすら録音する作業を始めたのです。日本と行ったり来たりしながら、ヤンゴンに滞在して録音します。日本から高性能の機材を持ち込んだのですが、それよりも携帯電話の着信音などノイズを排除することや、停電対策などに時間が割かれました。日本のスタジオの環境とはかけ離れており、毎日が試行錯誤でこれほど苦戦した録音はありません。サインワイン楽団の演奏では、西洋の音楽のように初めから終わりまでがそろっているのではなく、それぞれの奏者が自由に演奏するパートが多く、違いの大きさに驚きました。

――目標の1,000曲の達成が間近だと聞きました。録音した音楽はどうするのですか。

はい。今回が録音プロジェクトの最後の出張で、1,000曲を仕上げていきます。と言っても始めたころは100曲と言う話だったのですが、録音していくうちにあれも必要だこれも貴重だということになり、増えていったのです。

 

すでにいくつかの楽曲を選びCD化して販売しているものもあります。今後は、関心のある人がアクセスできるように、膨大な楽曲のデータベース化と内容の整理が必要になりますね。ミャンマー音楽の中には、楽譜などが紙に書かれてないものもあり、その曲を受け継いだ奏者の記憶にしか残っていないものがあります。また、歌詞などが紙に書かれていても、誰もが手に入りやすい状態にはなっておらず、調べるのに演奏者も苦労しているのです。そうしたものをデータベース化してリスト化して、比較的簡単にアクセスできればいいと思っています。

 

ナガのドキュメンタリーも9月に国際交流基金のヤンゴンの施設で上映会を行います。ナガ族の村には、また太鼓の建屋を作るプロジェクトを冬に計画しています。今後も多くの人にミャンマーや少数民族の音楽を知ってほしいと思いますね。

 

【インタビューを終えて】

周囲の日本人に自分の活動を話していても「ふーん、すごいね」で終わることが多く、自分の活動が非常にマニアックなのではないかと自問自答したという井口さん。確かに日本人にはミャンマー音楽やナガの音楽は身近ではないだろうが、それは今まで井口さんのようにその魅力を伝える人がいなかったからだ。筆者もナガ族に巨大な太鼓を作る文化があるとは、井口さんに接するまでは知らなかった。まさにほとんど知られていないフロンティアの分野の活動だからこそ、価値があると思える。その魅力を発信する手伝いをしていきたいと思える取材だった。

(掲載日:2019年8月30日号)