幹部人材、パズルで育てる  人材教育のアミウェイズ社長の羅和益さん

ミャンマーでの人材獲得合戦がますます激しくなっている。特にマネジャークラスの幹部人材はごくわずかで、高給で引き抜かれることも少なくない。こうした現状に問題意識をもち、ミャンマーで人材教育事業を立ち上げたのが、アミウェイズの羅和益さんだ。羅さんにミャンマーの人材育成について聞いた。
――そもそもどうしてミャンマーで起業したのですか。

 

そうですね。私が初めてミャンマーに来たのは、大学を卒業をしてすぐの2003年にさかのぼります。そのころ、私は海外で働きたいと思っていたので、マレーシアのペナン島で小西史彦さんが作った財閥テクスケム・グループに新卒で就職しました。ペナン島で働くつもりでいたら、小西さんに「ミャンマーに水産加工工場を作る」と言われ、4か月石巻に住み込んで水産加工のノウハウを習得することになったのです。そして、ミャンマーのベイで、工場を立ち上げました。

ベイは水産資源は豊富なのですが、当時はそれが密輸でタイに流れていて一部の密輸業者だけが潤う状態でした。これをミャンマーで加工すれば、雇用が生まれ、現地経済の発展につながります。まず、小さな工場を買収して、加工に必要な設備を入れて事業を拡大していったのですが、魚の冷凍すり身などが高い評価を受けて、2,000人ほどの規模にまで拡大しました。大蛇が出たり、ワニが側溝にはまっていたりと大変な環境でしたが、がむしゃらに働きました。一度など、水牛が工場に迷い込んだので、カウボーイのように角に縄をひっかけてみんなで引っ張って追い出したこともありました。


羅和益(ら・かずもり)さん

アミウェイズ社長。1978年東京都生まれ。2003年に早稲田大学卒業後、マレーシアの日本系財閥に就職、ミャンマー・ベイの水産加工工場の立ち上げを担当する。2013年に再びミャンマーを訪れて人材育成事業を立ち上げた。カナダの大学院で経営管理学修士(MBA)。

ここで、ミャンマー人のスタッフと一緒に働いたことが、現在の人材教育を始める動機になりました。2008年になり、父の経営していたプラスチック加工会社に参加するため、日本に戻りました。2013年にその会社がミャンマーに進出する計画を立て、ヤンゴンに戻りました。しかしその事業は当時のミャンマーに需要が見込めないことなどから取りやめました。そのかわり私が人材育成事業を始めたのです。

 

――羅さんが考えているミャンマーの人材の課題は何でしょうか。

 

ミャンマーの人材の分布は「パゴダ型」であると考えています。トップの非常に優秀な人材もいるが非常に少なく、給与水準も高い。そして非熟練労働者が多い、という構造になっています。もう少し中間が増えてくる必要があると思います。

「育ててもすぐ辞めてしまう」という日系企業の声を聞きますが、たとえ日系企業が他のミャンマー企業よりも多少給与水準が高かったとしても、物価とのバランスからすると生活するには厳しいレベルと言わざるを得ません。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、物価に対して給与が低い環境の中では、少しでも高い給料に魅かれるのは仕方がないことではないでしょうか。欧米の企業では、優秀な人材には月数千ドルを払うこともざらになっていますので、厳しい環境と言えます。

 

ミャンマーの人はもともと非常にポテンシャルが高いのですが、教育や経験の機会が限られているため、十分な人材が育っていません。これは、軍事政権下で続いてきた詰め込み教育の結果でもあります。特にロジカルシンキングなどが苦手な人が多いですね。また「アーナーデー」精神といわれる、遠慮してものを言わない文化がありますが、これは円滑な業務遂行を妨げることがありますね。これを改善できるようにしてあげるのが私たちの目的の一つです。

 

――ミャンマーでは珍しい教育方法をとっています。

 

はい、現在ミャンマーで人気のあるビジネススクールなどは、知識偏重型だと言えます。これは従来のミャンマーの教育で知識が重視されてきたことの流れにあると思います。私の「MKJインターナショナル・エデュケーション・センター」では、例えばロジックツリーを使った論理的な思考方法を教えます。また、性格を9つに分類するエニアグラムを利用した自己分析を行う講座もあります。エニアグラムを行った50歳くらいのミャンマーの建設会社の社長が「これまで何かうまくいかないと占い師に相談していたが、これで自分の原因が分かった。もう占いに頼らなくてもいい」と言っていたのが印象的でした。

 

レゴブロックを使ったチームビルディングやビジョンの共有も行っています。これは「レゴシリアスプレイ」というものなのですが、自分のチームのミッションなどをレゴで表現したもらうことを通じて、自分の役割や仲間の思いを共有する手法です。あるミャンマーの通信会社で大きなプロジェクトチームが発足するにあたり、そのキックオフを円滑にするために導入したケースがあります。そのチームは外国人もミャンマー人も、社内のスタッフも取引先の人材もいる混成チームでした。しかし、このワークショップを通じて、相互理解が進んだ結果とても作業が早く進んだ結果となりました。プロジェクトが早く終われば経費節減になりますから、この手法は成果が出やすいですね。こうしたミャンマーでは珍しい手法を使って、問題解決ができる人材を育てていきたいと思います。

 

【インタビューを終えて】

ミャンマーでは従来国が閉ざされていたため、教育や経験の機会が乏しいのは事実だ。そうした中で、2011年の民政移管後にいきなり激動の時代に突入し、ミャンマー人自身も先が見えずに右往左往している部分がある。こうした社会では、やる気があり、自ら行動する有能な人が一気に世に出る時代でもあると思う。そうした人を応援したい羅さんの思いが伝わってきた取材だった。

(掲載日:2019年10月16日号)