母国で新しいネット広告を仕掛ける ニュースサイト「チェルモ」CEOの高瀬智也さん②

女性向けニュースサイト「チェルモ」を核に、女性向けのネット広告を手掛ける高瀬智也さん。ミャンマー生まれで日本留学後に帰化した経歴の持ち主で、日本で培った情報技術(IT)のノウハウが武器だ。ネットと現実世界のイベントを融合した手法で広告を展開し、ミャンマーに新しい風を吹き込んでいる。日本でキャリアを積んだ高瀬さんが、今どうしてミャンマーで仕事をしているのか。また、何を目指しているのか。前回(8月26日号)に続いて、日本とミャンマーの両方をよく知る高瀬さんに聞いた。
 

――18歳で日本に留学し、テインセイン政権下の2012年にヤンゴンに戻ったということですね。どうして再びミャンマーに戻る決断をしたのでしょう。

 

実はもともと帰国するつもりはありませんでした。妻は日本人ですが、「ミャンマーに戻るとしたら定年後」という話で結婚しました。それが今では2人の子どもとともにヤンゴンで暮らしています。

 

帰ろうと思ったのは、(テインセイン政権で)ミャンマー情勢が急激に変化したからです。ミャンマー人向けサイトを作りたいという思いは学生時代からありましたから。

 

それでも、ヤンゴンの両親ら周囲の人からは反対されました。「せっかく日本でいい仕事をしているのに、戻ってきたら仕事なんてないよ」と。

 

こちらで事業を始めて2年間は本当につらかったです。営業に行っても、ろくに相手にされませんでした。ただ、ずっと声をかけていただけるお客さんもいまして、その方々のおかげで今があると思っています。私の視点が、ミャンマーの消費者のニーズと合致すると思っていただいているようです。

高瀬智也(たかせ・ともや、チョー・へイン・ハン)さん

 

ミャンマー生まれ。18歳で日本に留学、その後帰化している。大学で情報システムを学び、アクセンチュアグループでシステムエンジニアなどを経験。広告会社を経て2012年にミャンマーに戻り起業した。現在ニュースサイトを運営する「チェルモ」の最高経営責任者(CEO)。

――高瀬さんの作るプレゼン資料はとても精緻ですね。戦略に基づいた提案を盛り込んでいて、戦略立案は苦手な人の多いミャンマーではあまり見かけない気がします。

 

アクセンチュアグループでシステムエンジニアとして鍛えられた経験が本当に役に立っています。自分で自分の道を切り拓いていかないといけない職場で、嫌と言うほど仕事をさせられました。人生の中で一番つらい時期でもありましたが、今思うと貴重な経験になっています。普通のミャンマー人は、気がくるいそうになるほど仕事することなんてありませんから。

 

――日本に帰化した一方で、現在は母国のミャンマーで仕事をしています。ご自身のアイデンティティはどのように考えていますか。

 

そうですね。ミャンマー人でしょうかね。いや、半々でしょうか。しかし、仕事の仕方は日本流です。100パーセントミャンマー人の人は仕事がなあなあで終わります。そうしたやり方はしないので、「まじめすぎ」とか「時間に厳しい」とか思われているようです。日本の文化や職場にどっぷりつかっていますし、青春を日本で過ごしましたからね。ミャンマー語はできますが、仕事の上では70パーセントくらい日本ではないでしょうか。

 

外国から帰国したミャンマー人の中には、自分が王様になったかのような振る舞いをする人もいます。ミャンマー人に対し「自分は何でも知っているので教えてやる」という態度です。イライラするので、帰国した人たちの集まりにはあまり顔を出していません。

 

――これからの目標は何でしょうか。

 

いま、この国でネットメディアとして仕事をするのは、とても自由なのです。誰にも束縛されるものがありません。ネットを見ているユーザーにも、こうした自由を味わえる環境を整えてあげたいと思います。便利で、メリットがあり、楽しいものです。ユーザーにとっても、作り手にとっても楽しいものにしたいと思います。今後は、チェルモというブランドをもっと認知してもらい、斬新なコンテンツをどんどん作り出して行こうと思っています。(掲載日2016年9月9日)