「日本のお米をミャンマーでも」 ひとめぼれを生産する橘幸帆さん

ミャンマーで日本の米が生産されているのをご存じだろうか。作っているのは、「U-Net International」創業者でミャンマー生まれの橘幸保さん。日本で17年暮らしたあとで、ミャンマーに帰国して、これまで経験のない農業に挑戦した。いまでは、ヤンゴン郊外とシャン州で日本の米を栽培。「幸穂」のブランドで販売している。橘さんに、ミャンマーでの日本米ビジネスについて聞いた。

 

――日本の米を生産しているとのことですが、具体的にはどのような事業なのでしょうか。

現在ヤンゴン郊外のほか、シャン州にも農園があり、現在は計33エーカー(約132平方メートル)の敷地で栽培しています。土地の状況によって、二毛作から三毛作を行っています。一回で1エーカー(約4万平方メートル)からだいたい80かごのお米がとれますね。収穫したお米は、乾燥させたあとに精米機にかけて、袋詰めします。それを、ヤンゴンなどの日本料理店に卸しています。日本人の多い高級コンドミニアムの売店などでも販売しています。9月末には新米も入ります。

 

品種は「ひとめぼれ」です。ほかの品種も実験したうえで、土地に合うものを選びました。ミャンマー当局に登録して正式な栽培の許可を得ています。スタートしてから約3年ですが、日本とほとんど変わらない味のお米がとれるようになりました。問い合わせも多く、ご好評をいただいています。

 

農作業にあたるのは、月給制の社員のほか、臨時雇用の作業員です。委託栽培も考えてはいますが、決められた通りの方法で栽培できるかなどの課題があり、今のところは自社農場で生産しています。コンバインやトラクターを使って作業しています。日本からコメ作りの専門家を招いて指導してもらっています。ただ、ミャンマーの農家にはそのやり方があるので、一回教えたくらいでは必ずしもその通りやってくれません。自分も何度も足を運び、繰り返し話をするしかないですね。

橘幸帆(たちばな・ゆきほ、キンエイエイ)さん

ミャンマー生まれ。1998年に日本に留学し、卒業後に就職。その後帰化している。準備期間を経て、2013年にヤンゴンに「U-Net International」を立ち上げて日本米の事業を開始した。

――生産から流通までを手掛けている形になりますね。どうして日本のお米をミャンマーで作ろうと思ったのですか。

 

実は、私が考えついたのではなく、以前のパートナーだった人から持ちかけられたのです。私が選んでいるというより、お話を頂いたので始めたような感じですね。それまで農業の経験がありませんでしたので、試行錯誤の繰り返しでした。田んぼのインフラ整備をするところから始めました。何度もやめようと思いましたが、お客様が喜んでくれるので頑張っています。社員の生活もかかっていますから、やりがいがありますね。今はミャンマー国内で販売しているのですが、将来的には輸出もしたいと思っています。

 

――農業振興はミャンマーの大きな課題のひとつですね。国民民主連盟(NLD)の新政権も、農村の発展に力を入れています。そういった意味では、日本米を作るというのは、付加価値をつけ、農民の所得向上につながるのではないでしょうか。現実にはいろいろ難しい点があるのではないかと思うのですが、何 が課題となっているのでしょうか

 

そうですね。農家にとっては、流通が未熟で作物の市場が安定していないという問題があります。業者に安く買いたたかれてしまったり、買ってもらえなかったりすることもあります。野菜ですと、買い手がつかないとすぐに痛んで売れなくなってしまうので、リスクがあります。そのため、需要はあっても、安心して作物を栽培できないという現状があります。

 

日本米は高くは売れるのですが、育てるのにとても手間がかかります。私たちの場合ですと、定期的に育成状況をチェックしているのですが、このような今までにない作業も必要になります。それに見合う安定した収入がないと、なかなか育てようと言いう意欲が沸きません。私たちは販売まで行っていますから、収穫したものを確実に消費者まで届けることができます。

 

また、肥料や農薬を正しく使える知識が乏しい農民もいます。適正量がわからないので、肥料をまいてみたら収穫が増えたので、次回はもっとたくさんまいてしまう、というようなことをしています。その結果、土壌を悪化させてしまうことにもなりかねません。こうした農業に関する知識の普及も必要だと思います。

 

【インタビューを終えて】

橘さんの話を聞くと、様々な縁に出会って日本米の栽培という仕事に行きついたのだと感じる。誰もが社長になりたがる経済発展目覚ましいミャンマーで、過度に気負わず、自然体で仕事をしている。それでも、日本で身につけたマネジメント能力を駆使して部下を引っ張っていく。従業員に対する思いも強い。ミャンマー的経営の一つの形なのかもしれない。(聞き手は北角裕樹)