ミャンマー企業の上場に奮闘、「自分以外に専門家はいなかった」 初のIPOを実現した大和証券グループの加藤智哉さん

日本の官民が支援して誕生したヤンゴン証券取引所。2016年の取引開始後、5社目に上場になったIT関連企業「TMHテレコム」では、ミャンマー初の株式市場での資金調達として、IPO(新株発行を伴う株式公開)を実施した。その立役者となったのが、主幹事の、大和証券グループのミャンマー証券取引センター(MSEC)の加藤智哉さんだ。ミャンマー初のプロジェクトを成功させた加藤さんに、その思いを聞いた。

 

――日本の株式市場では、ごく普通に行われている、新株を発行して上場する形のIPOですが、ミャンマーではこれまでなかったそうですね。

はい、ミャンマーでは現在5銘柄が上場していますが、最初の4銘柄は、すでに発行していた株式を上場して取引できるようにするだけで、新株発行による資金調達を行っていませんでした。1月に上場したTMHテレコムが初の資金調達を実施したことになります。株式市場の機能は、投資家から事業の資金を集めることですので、本来の市場の目的がやっと達成されたことになります。

 

同社はこのIPOに絡んで、総額で20億チャット(約1億6,000万円)を調達しました。この資金は、同社の主力事業である携帯電話の電波塔の建設に使われ、事業が拡大できることになりました。同社はミャンマー郵電(MPT)などから発注を受けて電波塔を建設するのですが、完成しないと代金の支払いを受けられないため、その間の資金が必要なのです。また、同社の株は上場しましたので、将来必要に応じてまた資金を調達することもできます。

 

――証券取引所自体も2016年に取引を開始したばかりです。IPOの実務でも、前例のないことが多かったのではないかと思います。


加藤智哉(かとう・ともや)さん

 

1978年生まれ、神奈川県出身。ニューヨーク州立大卒業後、大和証券SMBC(現大和証券)入社。投資銀行本部で株式上場などの実務に携わる。ロンドン駐在を経て、2016年にミャンマーに赴任。投資銀行チームでミャンマー企業の上場支援などを行う。在職中にロンドン大学大学院の修士を修了した勉強家。

「海図なき航海」とでもいいますか、何もかも初めてのことばかりでした。法律には何をしなくてはいけないと「WHAT」はかいてあるのですが、具体的にどうしろという「HOW」がないのです。何しろ会社法などは、約100年前の植民地時代にできた法律のままですから、どうやって現代の事情に即した解釈をすればいいのか悩みました。実際にどうやるかという部分はもう暗中模索で、ミスコピーした紙の裏に、自分で「このスキームで、きっとうまくいくはず」と考えたスキームを何度も何度も書き直しました。ミャンマーには、証券業務の経験者が少ないため、当初私のチームには6人のスタッフがいましたが、上場の実務の経験がある専門家は私しかいませんでした。実際にTMHの幹部と話すのはミャンマー人なので、このスタッフが実務を理解しないと先方に理解してもらえません。ですので、できるだけわかりやすい図などの資料を作成して、ミャンマーのスタッフが理解できるまで何度もミーティングを重ねました。

 

発行体のTMH側にすると、多くの資金を調達したいのですが、投資家の状況を考えるとそういうわけにもいきません。また、開示が求められる書類が多いことも、担当者を悩ませていました。そうした点を説明するため、週に2~3回は会社側と打ち合わせをしました。ミャンマーのスタッフは毎日電話で調整に奔走しました。TMH側も「ミャンマー初のIPOを成功させるんだ」と熱意をもって対応してくれまして、とても感謝しています。

 

――取引開始時は、公開価格の3,000チャット(=約240円)に対し、3,250チャットの値をつけました。現在は少し下がって3,000チャットとなっていますね。

 

初めての取引で3,250チャットだというのはよかったと思います。今までには、上場直後にストップ安になった銘柄もありました。TMHテレコムでは、適切な公開価格を導き出すために、投資家の見方を公開価格に反映させる「ブックビルディング方式」をミャンマーで初めて導入しました。その結果、適切な株価になったのではないでしょうか。現在の株価の推移を見ていますと、あまり値動きがなく、投資家は様子見をしているようですね。

 

――代表的株価指数「MYANPIX」が500を切るなど、株価が低迷していることなどで、投資家の関心が薄れているといわれています。どうすれば証券市場を盛り上げることができるでしょうか。

 

MYANPIXが下がっているのは、当初上場したファースト・ミャンマー・インベストメント(FMI)などが、上場時には多くの既存株主を抱え、その既存株主が上場後に売り抜けたことなどによって株価が下落したことが挙げられます。結果として株式上場以降の株価が下落傾向にあるため、「株は下がるものだ」という印象を投資家に与えてしまいました。

 

突破口になるのは、やはり外国人投資家への取引の解禁だと思います。新会社法の成立で、解禁に向けた動きが進んでいますが、実現すれば、ミャンマー人投資家とは桁の違う資金が海外から流入することになり、株価を押し上げる要因になります。株価が上がって利益が出るという実感が投資家が持つことができれば、取引が活性化すると思います。

 

そのほか、上場企業数や投資家を増やすことの必要性が指摘されていますが、私が経験上必要だと感じるのは証券業務を支える専門家のすそ野を広げることです。証券市場には、例えば法律面で上場企業をサポートする弁護士、会計士が必要です。また、英語の金融用語の意味を理解してわかりやすくミャンマー人に伝えることのできる専門的な翻訳者も必要です。また、証券アナリストやジャーナリストらのように、投資に関する情報を適切に伝える機能も必要です。証券市場をわかりやすく伝えたり、信用できる情報を提供することで、投資家も安心して取引ができるようになるのではないかと思います。

 

【インタビューを終えて】

ミャンマーでは多くの「初めて」が存在する。その中でも、証券市場という非常に専門性の高い世界でそれを実現したのが加藤さんだ。この「初めて」は、すぐに「当たり前」に変わり、この国の専門家がモデルとするようになるに違いない。トップランナーだけが受ける逆風を乗り越えてゆく専門家の努力があってこそ、ミャンマーの明日が築かれるのだと感じた。(掲載日2018年2月16日)